2007年12月 6日 (木)

東京

風に手指をかばう
待つとも待たないともいえぬ朝まだき
冷え切った空気が
空高くから透明に降りて
ちいさな公園の
遊具に残る最後のぬくもりを絶やす
ほぅ、と湿った息を吐く


団地の側面上部に凍える
番地表記の数字を
低い陽射しがゆっくり
ゆっくりと撫でる
融かしていく
暖色の白
どこかで鳥はみつめる


ゆうべりんごをむいたら
蜜がたっぷりだったよ
毎晩 死んで
毎朝 生きる
とても正しいと思う
そんなことも たしかに
あった気がする


滲ませてしまおう ラインなど
いくつもの
忘れられないものごとで
この体はできている
眠れない夜のあいだに
凝り固まった背中を
眼から
耳から ゆるめて


冷たく真新しい空気は
胸の途中までしか吸えず
血のかよわない指先までは届かない
遠く かすかに電車の音が聴こえる
額やこめかみで
脈打ちつづける記憶
早朝の陽射しをあびて
黄金色に輝く木々の
どこかで鳥がさえずり
わたしは暖かく湿った息を吐いて
忘れていたものごとを
ほんのすこし 思い出す


そういうふうにできている
たぶん
それでもいいのだと思う


Kibana_cosmos
Cosmos

++++++++

8月に撮った黄花秋桜(きばなこすもす)と、10月に撮った秋桜。
cosmosはギリシャ語で 「秩序、飾り、美しい」という意味だそうで、星が綺麗に揃う宇宙を、花びらが整然と並ぶこの花を、ともにcosmosと☆

黄花のほうも可愛らしいなぁ。ほかに橙色や朱赤色もあるとか。普通の秋桜のほうも、色味は濃い紅色から淡い黄色までさまざま。チョコレート色でしかもチョコレートの香りがする、その名も”チョコレートコスモス”なんて種類もあるそうです。嗅いでみたい…。

花言葉は「繊細な愛(黄花)、美麗、調和、愛情、乙女の純潔、真心」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月11日 (日)

紫雲

こしの未来から
この腕の中へ
孕みきれずに通り抜ける風
逡巡の末に口をついた言葉は
よるべなく
冷えた石畳へ滲み込んでいく
たった十五センチの命


声が 風にのるのは
あとすこし
空気が澄んでからのこと
知らぬ間にしなやかに射抜かれた
僅かな胸の血で木の葉は紅く染まり
一枚ずつ色づいて
それもまた
ひらひら、と風に舞う

そのいさぎよさが欲しい


ふたりになる
ことで
いつしか色彩を帯びはじめた孤独
一秒とて同じ色はない
日暮れの空の低いところに
飲み込んだため息のような
うすい半月が
放たれて


はるか遠く あるいは近く
紫にたゆたう雲
その下に降る雨は
永らえた なけなしの冷静に似て
視界の隅に 執拗に馴れ親しみ
見送りつづけてきた時間の発露


とても静かな
とどまる景色のはずれで

濃縮されたしずくが滴り落ちる

草木の、アスファルトの、灯りの、その気配の、


燃え残る夕日に透けた
ちぎれた胸の
今はない輪郭を見ている
流れてしまった半身のわたし
浮かび上がるもう片方の影が
いずれ降りつもる宵闇にとけて
思うだけは自在でいさせて、と
ただそれだけを
口にする間さえもたないとしても



Torenia4
Torenia3
Torenia2
Torenia5

++++++++

あー、気がつけば今年も残すところ1ヶ月半 (゚o゚☆) ナント! あんまり体調もすぐれず、ぼちぼちいくしかないようです。
べつにね、いーんだよね、大富豪になりたいわけじゃなし。人に崇められるような名誉を特に得たいわけでもなし。

8月に撮影したトレニア。別名は”夏菫(なつすみれ)”とか”花瓜草(はなうりくさ)”。可愛い花。去年も今年も何枚も撮っちゃいました。
花言葉は「温和、可憐、愛嬌」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 1日 (土)

金魚鉢

たしの金魚鉢には
ガラスのおはじきが入っているだけ
靴箱の上でうっすらとほこりを被る

きれいに洗ってよく拭いて
チリンチリンと入れなおし
明かりを消した窓辺に置いた

晩夏の夜気と通りの街灯は
微かな
秋の水分を含み
けれども おはじきが浸るにはほど遠い

それでは わたしの涙でひとつ
両手で抱えた金魚鉢には
一滴の雫も落ちない

干しっぱなしの洗濯物をかきわけて
金魚鉢を冷えた空気にかざす
ヤカンがけたたましく呼んでいる

だから待ってよ
ひたひたにしたいのよ
腕が疲れるまで 底無しの夜空を映し込む

やがて満ち満ちた金魚鉢
表面張力で持ちこたえる水面に
残りのおはじきを ひとつ、ひとつ、ひとつ、

ついに何個目かで水は溢れ
涙一滴で また溢れ出す
手を入れておはじきを全部取り出した

無数の境界線が踏み敷かれて滲む頃

金魚のいない金魚鉢は また
靴箱の上でうっすらとほこりを被る

もうおはじきさえ 入っていない

Ohajiki

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月23日 (木)

昨日の痕

い空に積乱雲が育ちはじめる朝
目が覚めたら痕跡はなくなっていた

夢じゃない証拠をさがして
扉をあけて外へ出たり
勝手口へまわったり
冷蔵庫をあけてみたり
蛇口をひねったりした
コバルト色した海の水は届かず
森の草いきれも届かず
流れたのはただ
生温かい体液だけだった

明日戦争へ行くという子を
娼婦のふりして抱いてあげた
海底に沈む遺跡のような目をして
充分にうるんだその黒真珠の瞳に
地球の裏側の
小さな太陽を映して

甘く噛めば
甘く噛みかえし
きつく噛めば
きつく噛みかえす
取り乱したのはわたしのほうだった


海は眠らず
いまこそ ありのままの姿をさらし
やさしくない腕をのばして わたしたちを呼んだ
苦しくはないからという言葉に こくりとうなずき
ふたつの体はゆっくりと まわりながら沈んでいく

あけていく夜の終わりが 届かぬよう


中空にそびえる積乱雲が
手負いの人々の声を孕んで いよいよ膨れあがる
ささやきは透きとおったコバルト色の蒸気になって
もうすこし 空のあおさをあおくする
そんなにむずかしいものを欲してきただろうかと
光の中で倒れ込んだ裸のわたしに
昨日の痕は
ひとつ
ふたつ

見ろ見ろ、これがすべてだ、と泣いた


Nozenkazura3
Nozenkazura2

++++++++

♪わたしのぉー おはかのぉーまぁーえでー なかないでくださいー


第二次世界大戦当時を詠んだ、というわけでもないので
冷蔵庫はあってもいいんです…(笑

てゆーかね、さっきまでNHK 『SONGS』徳永英明さんの回を観てました。
30分じゃ短いって。もっと聴きたいって!


++++++++

凌霄花(のうぜんかずら)。橙色というか朱色っぽかった。
中国原産で、ニッポンへの渡来は平安時代と古くから馴染み深い花のよう。
別名を”チャイニーズ・トランペット”というそうです。

凌は「しのぐ」、霄は「そら」の意味で、蔓(つる)が伝って空を凌ぐほど
高く伸びるというのが名前の由来だとか。
花言葉は「豊富な愛情、栄光、名誉、華のある人生、女性らしい」。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年8月14日 (火)

今宵ぼくらは

りのともったキッチンから
作りたてのグラタンの匂いがした
お取り込み中の真剣な顔がおかしくて
ただいまは、たぶん言わなかった

暑いときには熱いものがいいんです
そんな説ははじめて聞いたから
焼酎しかないじゃない、とからかった
あぁ……というのんきなため息を横目に
ぼくは笑って玄関へ引き返し
近くのコンビニで安物の白ワインと思いきや
たまには、と日本酒にしたんだ


今宵ぼくらは
はくちょう座を漂う氷のかたまりで冷酒を呑む
百億年こんな日々が続いたら
夜空は大変革をしいられるだろう
こらえきれない星々は
いよいよこぼれ落ち
ひかえめに瞬きながら
ぼくらの頭上へ降り注ぐ
冷たいしずくは
いつもぼくらの胸をかき乱す
あの蜃気楼をうち消しては
しだいに生ぬるくなっていき
何も請け合うことはできないけれど、と呟きながら
額に頬に降り注ぐ



ころころ笑って

くすくす笑って

ちいさなぼくらは

幻みたいな夕べを過ごした



Agapanthus1
Agapanthus3

++++++++

アガパンサス。ギリシャ語で 「愛らしい花」という意味だとか。
淡~い薄紫色が好みです✿ これもたしか先月撮影。
別名は”紫君子蘭(むらさきくんしらん)”。
とはいえ、紫の付かない”君子蘭”は彼岸花科で、アガパンサスは百合科。
色は白花種もあるらしいです。

茎を折るとネギみたいな匂いがするんだって。
えーなんかちょっと雰囲気違う。
丈夫で栽培しやすい花だそうです。花壇でよくみかけますね。
花言葉は「やさしい気持ち、知的な装い、恋の訪れ」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 5日 (日)

閃光

がパッと閃いて
少しあとで雷が鳴った
昨日も今日もたおれそうに暑くて
夕立でもあれば少しは何かを思い出すかしら、と思った
この邪魔なおくれ毛は刈りあげるべきじゃないかしら、と思った

すぐ脇を通り過ぎる車も
みんな焼けただれていた
昨日も今日も泣き出しそうに暑くて
おとなしく礼儀正しい人間は丸い月夜ではなく
真夏の白昼まばたきする間に狂気が閃くのだ、と思った


バス停のベンチが溶けたあとには
奇跡の花が咲く
たぶん後ろの木のほんのすぐそこでは
澄んだひぐらしの音が

かなかなかなかなかなかなかなかな かな かな かな


おまえも心配なの


あきらめるには先がまだ長そうで
あきらめたところで何も終わってはくれない
来世のために徳を積む?
独房で祈り続ける日々ならまだしも


帰ろうよ

帰ろう かえろう

帰ってきてよ

お願いだから帰ろう

うちに帰ろうよ


空がパッと閃くのとほとんど同時に
叫ぶような雷が鳴った
踏み外したら戻れないなんて誰が言ったの
バスには乗らない
北も南も星が知ってる
もうじき
夜になれば
きっとわかるよ


Kikyo3
Kikyo2
Kikyo4

++++++++

遅まきながら、映画 『ゆれる』をDVDで観ました。
香川照之さん好きなんです。ヘルシア緑茶。いや、あのCMはべつに…。
映画、とてもよかったです。
オダギリジョーさんはじめ、キャストも全般的によかった。
兄弟姉妹の微妙さ、身内ゆえのいびつさ、とか
断ち切れないからこその苦悩、みたいな。
「人と自分を比較するな」って言うは易しだけど相当難しいぜ?みたいな。

そういえば、先日亡くなった作詞家・阿久悠さんのニュースの中で
若かりし頃の、たぶんソロになった後のジュリーが歌ってるシーンが流れて
あまりに綺麗でポケーッと見惚れてしまいました。
まるで少女漫画か宝塚から飛び出したかのような美貌。
長いまつげもホクロの位置も完璧!

…なんで急に話が飛んだかっていうと、それを見たとき
「ジュリーかっこいい! オダギリジョーも目じゃないくらいかっこいい!」
とか思ったので。

++++++++

桔梗(ききょう)。涼しげでニッポンの夏によく似合う花。秋の七草のひとつ。
浴衣の柄などにもよくなっていますねー。清々しい♫
万葉集などでは ”あさがお”の名で親しまれ、数多く詠まれてきたそうです。
青紫も白も、どちらも綺麗に咲いていました。
つぼみがこ~んなふうにぷっくら。五角形の小包みたいで可愛い。

花言葉は「清楚、気品、変わらぬ愛、従順、誠実」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月24日 (火)

ミルクティのうた

たはじまった
つい泣いたわたしに
そう言ってせせら笑う人
うっかりしてた ブラインドが下りる
もう何も吐き出さないことにする

冗談を言って てのひらをそっとしまう
選んでるつもりなのに
近づきすぎるな 片足を浮かせて
こころ根はティッシュにくるんで
ひなたの風にのせてしまえ


部活帰りに制服のまま
乙女ゴコロと食欲は戦っていつも負ける
ミスドのせまいテーブルの
一輪挿しの花をむしって
ぽとぽと泣いた
あのころも よく言われてたっけ

またはじまった

理由にとどかないわたしの
話にならない話のそばで
一輪挿しに砂糖を入れたりなんかして

あなたが勝ったら寄り道
わたしが勝ったら帰ろう
じゃんけんは たいていあなた
いやならまっすぐ帰ればいいんだし
けれども 右耳はこっちを向いてた
くるしいうたが
ら ら   ら ら ら
いつかのミルクティにとける

Nejibana1

++++++++

芝生の中でらせん状に咲く、懐かしい捩花(ねじばな)。
別名”捩摺(もじずり)”。
捩摺とは、ねじれ模様をつけた絹織物のことだそうです。
花言葉は「思慕」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 6日 (金)

祈り

THE SERENITY PRAYER

O God, give us
serenity to accept what cannot be changed,
courage to change what should be changed,
and wisdom to distinguish the one from the other.


            by Reinhold Niebuhr

++++++++


平安の祈り

神様 私にお与えください
変えられないものを 受け入れる落ち着きを
変えられるものを 変えていく勇気を
そして その二つを見分ける賢さを

            ラインホールド・ニーバー


Tsuyukusa

”ニーバーの祈り”と呼ばれ知られているフレーズ。
神学者で倫理学者でもあるニーバー氏が
ある夏の小さな教会で説教をした際の祈りの言葉だそうです。
いくつかある訳の中から一番シンプルなものを選び
細部をちょこちょこと自分なりに変えさせていただきました。

初めてこのフレーズを知ったときは、内臓がざわざわと揺れ動く気がした。
「本当にそのとおりだな…」と思う、ダメージにも近い感覚と
これから私は自分を変えていけるだろうか、という
やっぱりどうしても自身を信用できない思いが湧いてきてしまって
いろんな意味で涙が出てきました。

ヤンキースの松井秀喜選手も、怪我したときのインタビューで
たしかこんなようなことを言っていた気がする。
「怪我しちゃったことはもうしょうがないので」みたいな。
少しでも早く復帰できるよう、できることをやる、みたいな。
野球人としてだけでなく、人間的にもすごい人だなーと常々思っていたけど
本当に感心しちゃう。

余計なことはなるべく考えず、慌てず嘆かず焦らず、シンプルに
自分の今取るべき行動を取る。
精一杯手を尽くしたら、あとは心静かに祈るのみ。
それによって、何本もの絡まってしまった糸が
穏やかな日常へとほぐれていくように思うのです。
明日は七夕。星に願いを☆

++++++++

露草は、”月草、着草(つきくさ)”という別名で万葉集などにも
数多く登場するそうで、ほかにも”蛍草(ほたるぐさ)”、”藍花(あいばな)”
”移草(うつしぐさ)”、”縹草(はなだぐさ)”など、趣ある数々の呼び名が。

花言葉は「尊敬、小夜曲」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月27日 (水)

ある旅人のきもち

紙が書けない
聞いてほしいことが山ほどあるのに
ペンを持っても
ただの一行も出てこない

いつでも待ってる
こちらからは連絡しない
でも、もっと利用して
もっとぼくを利用して

使わない機能は退化していく
ない腕が痛むように
存在は消えない
間に合わないのだ
いつも、いつも
自分次第のことはすべて

さっきの風は、
ちっともやさしくなかった
もう行かないと

Tanpopo

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月30日 (水)

Unsung Psalm

美歌が聴こえる 聖歌隊の歌が
私は白い服を着ているだろう
背には 真新しい後光が差して
心は安らか 何の欲望もない
もし私が 正しく生きたならば

天使たちがいる 小さなハープに弓と矢をもって
私は光輪を背に 流れるような白い服を着て
天界の神々しい光に包まれているだろう
もし私が 正しく生きたならば

けれども私は 興奮して取り乱している
額にどっと汗をかいて
体が熱い これは情熱なのだ
この愛を 自分の責任ではないなどといえない

夢なら どうか醒めて
映画なら このシーンをカットしましょう
成人向けから せめて保護者同伴の人生になるかも

もし私が 正しく生きたならば

私を詐欺師だという人がいる 嘘つきだと
おまえは最も卑しい欲望に負けたのだと
そう 私は道に迷ってしまった
自分の中の悪に負けてしまった
でも私は 正しく生きようとしたのだ

それでも後悔はない 罪の意識も
あるのは ただ悲しみだけ
どれもみな自分が引き起こした痛み
きっと くよくよ悩んだりはしないだろう
もし私が 正しく生きたならば


台本どおりに生きますか
規則に則って振る舞いますか
他人の評価を気にしますか
もし今日が すべて約束されたものだとしたら
あなたは未来に生きますか 現在 (いま)に生きますか
それとも過去に

私が何かを知っているとすれば
それは いずれは死ぬということ
誰かが私を気にかけてくれるのなら
たとえ見知らぬ人に人生を批判されてもかまわない
敬意を表されるかもしれない
あるいは中傷され 罵倒されるかも
でも私は 正しく生きようとしたのだ


賛美歌が聴こえる 聖歌隊の歌が
私は白い服を着ているだろう
背には 真新しい後光が差して
心は安らか 何の欲望もない
もし私が 正しく生きたならば


++++++++

 "Unsung Psalm" written & performed by Tracy Chapman
 拙訳 薫子

++++++++

図らずも、またもや宗教的世界観の”歌われない賛美歌”。
むかーし四苦八苦しながら輸入版の歌詞カードを
訳してみたもののひとつです。下手っぴーな趣味で。
この人の詞はシリアスな内容が多く、
訳し甲斐があるというか…
たっぷり難渋しました m(_ _)m
きっと誤訳が満載だと思います。勘弁。

ちなみに全然関係ないんだけど、この詞に漂う雰囲気から
どことなく Charaの 『初恋』という歌を連想しちゃいます。
以前TVで (ミュージックフェアだったかな)初めて聴いたとき
うっかりポロポロ泣いてしまった曲。
私の心の琴線に触れてしまったのはココんとこです。

♪ふさがれたこの道をのぼりたいのよ なぜか
 落ちてく途中で 私は本当にバカだっていいながら

そう、ここでポロポロポロ…(T-T)
なんでも、苦しい恋をしている友人の為に作った曲なんだそうです。
でも特に 「この曲、貴女の為に作ったの」とか伝えてはいないらしく
Charaいわく、「未だにたぶん知らないと思う」。
べつに内緒にしてるわけでもないんだろうけど
特に仰々しく話したりもせず、ってゆーのがなんかイイ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧