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2007年5月16日 (水)

○○のススメ

ちゃんポストに3歳児が預けられていた、というニュース。
うーーーーーん…。
自分の名前も名乗って、父親に連れられて来たと話しているとか。
3歳っていったら、記憶が始まるちょうど微妙な頃ですよね。
将来、うっすらとでもこのことを憶えているかもしれない。
忘れていたとしても、何かの拍子にふと思い出すかも。
そんな…私なら不良になってやるっ!

親はどんな事情があるのか知らないけど、やむなく育てられないのなら
もっとまともな方法があると思うんだよなぁ。
然るべき手順を踏むことに付随する諸々の手続きが
単に面倒なだけなんじゃないか、とか思えてしまう。
そりゃ捨てちゃうほうが手っ取り早い。
道端に捨てるのはさすがに良心の呵責が大きいけど
ポストなら…ってことでしょ?

虐待されて死んじゃうような事態に比べれば、はるかにマシか。
なんかもう、何が良いのか悪いのかわかんなくなってきますね…。
どっちにしても親の身勝手には違いない。
軽々しく作らないでゴムしなよ、の一言に尽きます。

++++++++

本日は著莪(しゃが)、芝桜(しばざくら)、姫踊子草(ひめおどりこそう)を。

著莪を見たとき、無知なので最初パンジーの化け物かと思いました(>_<)
だってそばにパンジーがいっぱい咲いてたし、人の顔っぽくて…怖いよぅ。
実際は文目(あやめ)科だそうです。
なるほど、そう言われればたしかに…。
”何をどう美しいと感じるか”という感性は、本当に人それぞれですねぇ。
花言葉は「決心、友人が多い」。

Shaga


明るいピンク色が花のじゅうたんのように美しい芝桜。
別名”花詰草(はなつめぐさ)”というそうです。
ちょっと遠いけど、埼玉の秩父にある有名な羊山公園には
いつか行ってみたい!(いつかばっかり…)
ネットで検索すると、公園の写真を載せているいろんなサイトがありました。
すごい! 圧巻✿
花言葉は「合意、忍耐、燃える恋」。

Shibazakura2

姫踊子草はね、私のイメージでは、一本足の傘が踊ってる感じ。
鬼太郎に出てくる妖怪みたいな (ウソです、すいません)。
重なる葉の上に淡いピンク色の花が控えめに咲いていました。
花言葉は「愛嬌」。

Himeodorikoso

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コメント

ただ単に命の存続のためになら「親はなくとも子は育つ」派の私は、ポストは容認しちゃいます☆
好き勝手して産まれた子どもに対して、誰が育ててやったんだとか、どれだけ苦労したと思ってるんだとか言う親はどうにかならないのかなぁ…。実際そう言われて「だったら産まなきゃいいじゃん」「することしたからデキたんでしょ?」と答える私もかわいくないけど^^;
好きで生まれてきたわけじゃない子どもたち、望まれていない子どもたち、みんな幸せになって欲しいです☆

投稿: | 2007年5月16日 (水) 09時08分

私もポスト自体はどちらかといえば賛成(^^)ノ
根っからのネガティブ思考なくせに矛盾するようですが、一方で明石家さんま的発想「生きてるだけで丸もうけ♪」って思ってるところもあるし。痩せ細って餓死とか論外ですもん…。

ただ気がかりなのは、たとえ虐待(育児放棄も含む)の記憶は曖昧でも体の隅々の細胞は憶えていて、将来連鎖しちゃうかもしれないってことが…。
10代の頃、どこかからもらってしまって実家が飼っていたリスを、家族が誰も見ていないところで虐待してました。殺すまでには至らなかったけど、「死ぬかも」とは思いながらやり続けてた。こんなことするべきじゃないってもちろん頭ではわかってたけど、当時も今も理屈じゃ説明できない。あぁ自分は決定的におかしいんだって思いました。
…動物愛護団体から「家庭環境のせいにするな!」ってお叱りを受けそうですが。そう、こうしていまだにどこかで親を恨んでる自分が何より腹立たしい。

投稿: 薫子 | 2007年5月16日 (水) 23時19分

こんばんワンコ♪

ちょっとハードになってしまいますが…。
私は外側ではなく内側に向かっていくタイプでした。
死にたいと明確な考えはなくても、自分を傷つけていました。もちろんまだまだ子どもだったし「死」というものが身近でありながらどこか他人事のようだったので、実際に死に至るような大事にはならない程度だけど^^;
確かに、同じような家庭環境で育っても、ソレがどこへ向かうかは持って生まれたモノで決まると思います。
ただ、資質はあっても、それが引き出るか否かはやはり環境にも関係があると思います。

実際リスちゃんは死ななかったし、私も死ななかった。
どの程度やればどうなるか、薫子さんも私も経験上解っていたのだと思います。

私は薫子さんとは違って、今は親を恨んではいません。幸い(?)母は他界しているし父とは縁を切っています。父が亡くなっても、私は多分他人事だと思えるでしょう。つまりは、私の中では彼らはもう存在しないのです。そう思える私は、薫子さんより気が楽かもしれませんね^^。

でも私は子どもを持つことはありません。
私と同じような感覚を持つ人間なんてもう要らないと思うし、同じ目にも遭わせたくないから。

投稿: | 2007年5月17日 (木) 00時54分

>私と同じような感覚を持つ人間なんてもう要らないと思うし、同じ目にも遭わせたくないから。

村上春樹さんの小説で、馴染みのバーの店主から「子供は作らないの?」と訊かれた”僕”が、「欲しくないんだ」って答える場面があるんです。「だって僕みたいな子供が産まれたら、きっとどうしていいかわかんないと思うよ」。
昔初めて読んだとき、この台詞に激しく共感したのを思い出しました。私もきっと、私みたいな子供が産まれたら、どうしていいかわからないだろうなと思うんです。

久しぶりに本棚から引っ張り出してパラパラめくってたら、こんな台詞もみっけました。他者も自分自身も含めたいろんなことが許せなくなったときはどうする?っていうような友人の問いに、”僕”は「枕でも抱いて寝ちまうよ」。
きっとこれが一番賢明なやり方なんだろうなぁ…(笑)

投稿: 薫子 | 2007年5月17日 (木) 23時17分

またまたコメントです(笑)

うん、「寝る」は正解だと思います。取りあえず寝ちゃえば意識はどこかに飛んで現実から逃避できるもの♪
でもものすごーくキツイ状況のときは、目覚めたときもやっぱりキツくて重さ倍増って場合も^^;

村上春樹さんは読んだことないです…。
でも、そんな言葉が出てくる人の本って、なんかその世界に引きずり込まれそうで怖いですね☆

投稿: | 2007年5月18日 (金) 08時40分

ですねぇ…。「寝ちゃう」のが一番賢明なんだろうとは思うものの、その前にそもそも「眠れない」っていう場合はどうしたらいいでしょうね?(-_-) トホホ。
寝ても覚めても、いずれにしてもそうそう過去のことにはできず、たぶんかさぶたは乾かないままずっと抱えていくことになるんだろうな、という気がします。
自分にとっての「寝ちゃう」に代わる方法を、何かしらの「やり過ごし方」を、いい加減みつけてもいい年齢なんですよね。自己分析はとりあえずもういいから、対処法だよまったく!(>_<)と我ながら思う…。

投稿: 薫子 | 2007年5月19日 (土) 15時21分

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