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2007年4月15日 (日)

ぼくを探しに

は何かと顔ぶれが変わったり環境が変わったり
不安と期待の入り混じった微妙にふわふわした心持ちで
地面に足がちゃんとついていないような毎日です。
こんなときも「期待」より「不安」って言葉のほうが先に浮かぶんだなー。

今日の読売新聞の連載小説 『声をたずねて、君に』を読んで
なんとなく昔読んだ外国の絵本を思い浮かべました。

自分にそっくりな男を街で見かけて以来、突然声が出なくなった主人公は
知人の薦めで訪れた古びた病院で、院長から
「あんたのような患者が来るのを待っていた」というようなことを言われる。
院長にはかつて双子の息子たちがいたこと。
双子のひとりが幼くして交通事故で亡くなったこと。
残されたもうひとりはそれ以来声を失ってしまったこと。
その代わりにどうやら声ではない”何か”で他者と会話を交わすことが
できるようになったらしいこと。
筆談に使っていたメモ帳に「かなしい」という言葉を残して
院長が「何がかなしいのか」を問わないうちに、その子も
たった9歳で飛び降り自殺で亡くなってしまったこと。

ストレスなどの要因から失声したのではない様子を見てとり
院長は主人公のことを、「あんたは天(てん=自殺した息子)と似ている」
と言います。
天が双子のもうひとりに声を持っていかれたかもしれないように
「あんたも(街で見かけた)男に声を奪われたのかもしれないな」と。
院長の長い長い話を聞き終え、主人公が会ったこともない天という少年に
思いを馳せるのが今日読んだあたりでした。

不完全な私たちは、自分に欠けている部分を埋める為に”誰か”を求める。
それは恋愛かもしれないし、もっと別の感情、別の形で、かもしれない。
主人公いわく、天少年には生まれたときからその”誰か”が存在していた。
双子の兄弟は互いにそれぞれの欠損を埋めてくれる存在だった。
ふたりでいれば完璧に充足することができた。
<少年の不幸は、多くの人と逆に、満ちていたものが欠けてしまうことから
始まったのだ>   

昔読んだ絵本 『ぼくを探しに』は、パックマンみたいな形の”ぼく”が
自分に欠けた部分、つまり”かけら”を探してころんころんと旅をするお話。
道中、いろんな形のかけらに出会ってはめ込んでみるんだけど
なかなか合うのがみつからないなぁ…と。
そしてついにぴったりのかけらと出会う。
晴れてきれいな円形になった”ぼく”は、喜び溢れてすごいスピードで
転がっていく。

…で、どうなるんだっけ…?(オイ)

そう、それでふと立ち止まるのかなぁ、たしか。
それまではころんころんゆっくりとしか転がれなかった”ぼく”は
道々の草花に目を留めたり、空を舞う蝶や鳥たちに挨拶したり
そんなふうに旅してきたけど
『声をたずねて、君に』の主人公の言うところの”充足”したぼくは
それまで見えていた素敵な景色が見えなくなってしまった。
ぼくは、そっとかけらを置くんですね。
そして元の不完全な形になって、またころんころんと旅を続ける   

随所の薄らいだ記憶は強力な妄想でカバーしましたが
たしかこんなお話だったかと。
昔その絵本を読んだとき、私という人間は
このパックマンみたいなものではなくて
そっと置かれるかけらのほうなんじゃないか、と思ったもんです。
だってぇー、20~30%程度の欠損じゃないんだもーん。
円グラフでいえば”その他”の項目みたいな。
あるいは”回答せず”みたいなさ。そっちが私。

満ち足りているが故の不幸。
持てるものの不幸。
そんなことを考えながら今日の新聞を読みました。
ちなみに、絵本 『ぼくを探しに』には続編もあるそうです。チョー読みたい。
続・ぼくを探しに ビッグ・オーとの出会い』。

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コメント

こんばんにゃ♡

うわ~、なんかものすごく心惹かれるなぁ…。
その少年の名前「天」という文字を見ると「劫(こう)」という文字を思い出してしまいます。
私、漫画家の吉野朔実さんの作品が好きで(昔のしか読んだことないけど)、「天」と「劫」っていう名前のやっぱり双子の兄弟(囲碁のプロ)の話があって。「劫だて」ってのが「取ったら取り返せる」みたいなルールらしく、ちょっと違うかもだけどその自殺した少年と、かけらを置いた「ぼく」とリンクしてしまいます。

置いていかれるかけらかぁ…。本当なら必要な部分なのに、完全化するとヨクナイ方向へ向かう場合もあるかも…。お互い惹かれるのに一つになれないなんて切ないですねぇ。

私も置いていかれるクチかも。そしたらやっぱり片割れのあとを追う…?

投稿: | 2007年4月15日 (日) 22時18分

『声をたずねて、君に』の院長の息子たちは天と空(そら)って名前なんです。双子はやっぱりどうしても、普通の兄弟姉妹とは違った特別な何かを感じますねー。
絵本『ぼくを探しに』の続編のほうは、私は未読なんですが、どうやら「かけら」の視点から描かれた内容っぽいんです。読みたぁ~い☆ かけらなりの生き様みたいなものが見れるかも!

思うんだけど、自分とぴったりのかけらに出会える人のほうが少ないんじゃないかって気がしません…??

投稿: 薫子 | 2007年4月17日 (火) 19時44分

またまた翠です、こんばんは^^。
出会える人のほうが少ないか~、そうかも。
もし出会えてもタイミングとかずれちゃうと、もう今回はダメなので来世でまた見つけ出してね!とか。なんか先の長い話です。
でももしそのかけらを見つけられて完全なカタチになれたら、もう次回は生まれてこないかもですね☆

投稿: | 2007年4月17日 (火) 23時05分

本当ですねぇ…(しみじみ) 『オーラの泉』で美輪さんも言ってた。人生は修行だって。完成しちゃったら、あとは下界じゃなくて神の世の生が待ってるんだ。
タイミングもそうだけど、なんとなく「資格」みたいなこともついつい考えちゃいます。「私は貴方に相応しい人間ではない」とか。

はぁ~これは思うに行き遅れ的思考回路の典型ですよ(自爆) 深く考えるな! 少ないチャンスを逃すんじゃないっ!

投稿: 薫子 | 2007年4月17日 (火) 23時55分

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