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2007年2月 8日 (木)

杉の木が待っている

つかいつか必ず行く!と数年来言い続けている場所があります。
屋久島です。
以前からすごく興味があってそそられていたのですが、文・田口ランディさん
写真・山下大明さんのコラボエッセー『いつか森で会う日まで』を読んでから
スゴクからキョーレツに、に変わりました。

屋久島の森の写真がとても不思議で素敵で魅力的です。
動物みたいにウネウネと曲がりくねって、たくましく存在する木々。
まさに”圧倒的に生きている”森への敗北感や気味の悪ささえ覚えつつ
こういう感情を恐怖ではなく”畏怖”というんだ…と自覚しながら
ページをめくるんです。
田口さんの素直でシンプルな文章が風みたいに屋久島の匂いを運んできます。
初めて読んだとき私はとっても体調の悪い時期だったので
たぶんそのせいもあって余計に響いて、ポロポロ泣いてしまいました。
特に田口さんが屋久島で見た夢のくだりが効きました。

森にしてみれば、”圧倒的に生きている”などというわけではなく
何千年何万年とただそこにいるだけ、なのかもしれません。
そこに何かが宿っているように思うのは、あるいはちっぽけな人間の側の
錯覚なのかもしれない。宗教的希望的錯覚。
何か悪いもんがついてるなら神聖なマイナスイオンで洗い流してくれ的錯覚。

でも、錯覚ってあながち悪いことではないと思うんです。
人間の脳ってわりとよく勘違いするみたいだし。
話は飛びますが、伊集院光さんの奥様へのプロポーズの言葉は
「恋愛なんて所詮勘違い。だったら僕と60年くらい勘違いしませんか」。
そしたら奥様は
「じゃあ、余裕をもって100年で」って答えたんだって♥
一字一句合ってるかどうかわからないけど、伊集院さん本人がTVで
言ってました。「向こうのほうが上手(うわて)だと思った」って。
宗教でも恋愛でも何でも、勘違いも死ぬまで続けば真実になるというか
その人にとってはそれが事実になっちゃうわけで。
だから前にもここで書いたかもしれないけど、そのウソ墓場まで持ってけ!と。
そう思うのです。

…うーん、話がかなり脱線。

私の「いつか」は本当にきっと忘れた頃に実現するような長期計画ですが
お金貯めて行くよ必ず。
待ってて、屋久島! 待ってて、縄文杉!

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